Top 転勤シリーズ>清水市(静岡市)総集編

清水市(静岡市)総集編

清水市静岡市での7年間長いようで短い時間でした。
忙しさにまぎれて気がついてみれば7年も過ぎていました。

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 371.jpg

転勤当初は中学3年の娘に小学6年の3男
7年が経過して見ると3男は大学受験 娘は大学3年に

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 307.jpg
日本庭園のような庭

子供が大学入学と同時に家を離れますので
1人また1人りと大学へ毎回 淋しさもありましたが
4人の子供が全員家を離れることになりました。

ある意味”ほっ”とするような 嬉しいような
大学受験もすんだ 安心感もありました。

単身赴任の夫岡崎市から浜松に転勤が決り
私達夫婦は原点に戻ります。
これから主人と2人だけの生活が始まります。

------------------------------------
ブログランキングで1位を目指しています。
応援クリックをお願い致しますm(__)m
★こちらをクリックするだけです★
------------------------------------

  〜羽衣伝説〜

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 368.jpg

その昔、三保の松原のある松の枝に美しい衣が掛かっていました。
漁夫の伯梁がそれを持ち帰ろうとするとどこからともなく
天女が現われ〜「それは私のものだから返してほしい」といいます。
「それならばなおさら返すわけにはいかない」
という伯梁に、天女は天に帰れないと嘆き悲しみました。
伯梁は天人の舞を見せることを条件に羽衣を返すと
天女は喜んで舞を舞って見せましたが、やがて霧の彼方に
消えてしまいました。

〜〜県立美術館〜〜

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 454.jpg

日本美術 江戸時代から現代、西洋美術は17世紀から現代までの
作品を中心に所蔵しています。

   〜駿府城での家康〜

駿府城4.jpg
パソ画〜駿府城

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 400.jpg

≪人質時代≫

家康は今川家の人質として19歳までの12年間を駿府で
過ごしました。
不自由な生活に耐えることで忍耐強い性格をつくり、この時の
臨済寺住職雪斎から教えを受けたことで天下人としての家康が
つくられたともいえます。

≪徳川家康公大御所時代≫

慶長十年1605年将軍職を秀忠に譲り、翌年家康は修築した
駿府城に戻った。
この地で大御所として天下の実権を握り、大阪の陣で豊臣家を
滅ぼし徳川の権力を確実なものとして、翌年元和二年1616年
75歳で(鯛の天ぷらにあたり)その生涯を閉じました。

    〜久能山東照宮〜

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 385.jpg

  ≪家康公薨去(こうきょ)≫

1616年家康公は75歳で薨去、遺言によりここに葬られました。

「みまかりし後は、柩を久能山に納めて神に祀り、葬儀は江戸・
増上寺、位牌は三河の大樹寺に・・・。一周忌の後は、日光山に
堂を建て我が霊をまねくべし。死して関東の鎮守とならん。」

秀忠の命令により、家康が埋葬されてわずか1年7ヶ月の短期間で
久能山東照宮は造られました。

〜清水次郎長〜

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 378.jpg 

清水みなとの名物は、お茶の香りと男伊達
幕末、明治維新にわたり、東海はもとより、その暴れん坊ぶりは
全国にその名を轟かせた世紀の大親分、清水の次郎長。
浪曲をはじめ、数々の時代劇、映画などによりその武勇伝も
こん日まで多くの人に語り継がれてきました。

〜登呂遺跡〜

2008、お盆〜海〜パッチワーク絵2 306.jpg 

弥生時代後期の農耕文化を伝える特別史跡に指定された遺跡です。
住居と高床式倉庫が復元され、水田跡や森林跡も発掘されています。

〜船越公園〜

P1010014.JPG
船越公園からの富士山

近くに桜の名所で知られる船越堤一帯の自然を生かした
総合公園があります。
春には千本の桜が山麓をピンクに染めます。
夜はライトアップされてとても幻想的です

長い7年間でしたこの時期主人は平塚 岡崎と
単身赴任に三男も大学生になりますので
私は主人の転勤先浜松に引越です。
今まで出来なかった勉強や趣味も楽しむつもりです。

良ければ↓をクリックして下さると励みになります。

★人気ブログランキング★
posted by みのり at 08:25 | Comment(4) | TrackBack(0) | 転勤シリーズ


この記事へのコメント
ご主人が単身赴任中といっても、
お子さん達が大学生になられると、
ご家族が更に分散して住んでいらしたご様子、
私も転勤族で・・などと言っていたのが恥ずかしい位です!

イギリスへの転勤こそありましたけれど、
毎年のイースター、夏休み、クリスマス休暇を使って、
ヨーロッパ各国を殆ど旅行してこれましたので、
ある意味ラッキーだったように思えます。

因みに沖縄へはしょっちょう出かけていますのに、
海外へはこの30年間、一度も行ってないんですよ〜。
Posted by ヒマワリ at 2008年09月07日 11:36
ヒマワリさん

訪問書き込みありがとうございます。
子供が分散する〜この当時〜家族が5ヶ所に住んでいました。
今は社会人の子供が3人と娘は学生ですから〜今も5ヶ所で住んでいます。

私と主人はノンビリと2人で過ごしています。

ヒマワリさんはイギリス滞在中に〜ヨーロッパ〜各国を旅行されたようですね。
転勤で滞在中は〜確かに旅行のチャンスですね〜〜♪

ヨーロッパ旅行〜多いに楽しまれた
のでしょうね〜♪

私もチャンスがあればヨーロッパ旅行を
楽しみたいです。
Posted by みのり at 2008年09月07日 12:46
転勤で知った人も居ない町で新たな生活を始めるのは不安もあった事でしょう。更に難しい年頃の子供達と一人で向き合う暮らしもまた不安がおありだったと思います。
例え週末毎に御主人様が帰って来て下さっても・・・。

過ぎてしまえば何もかも思い出になりますけど、それは大事に至らなかったからで、みのりさんの辛抱と努力の結果ですね。
Posted by アルバ at 2008年09月08日 07:39
アルバさん
訪問書き込みありがとうございます。

だれも知らない〜土地での生活の始まり〜
確かに不安だらけの生活でした。
今思うと4人の子供が〜問題も起こすことなく成長してくれて”ほっ”としています。
主人の留守を守る〜確かに大変な時期もありました。
何があっても子供を守る〜夢を叶えさせる〜今になると〜4人の子供を持てたことが
何よりも”しあわせ”に感じます。
Posted by みのり at 2008年09月08日 09:25
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック