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源氏物語 紫式部

古都京都の旅 大覚寺を観光していましたら
紫式部の源氏物語の本が売られていました。
”源氏物語"ゆかりの地であることを知りました。

以前”7姫伝説”を紹介した時になぜ紫式部は出て
こないのだろうと
不思議に感じました。

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源氏物語

今年は源氏物語 千年を記念して大覚寺
御室御所 仁和寺でも記念行事が行われたようです。

テレビBS NHKでも源氏物語特集が〜あり
源氏物語平安時代の世界に入り込んでしまいます。

今回は紫式部に目を向けてみたいと思います。

〜紫式部〜

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紫式部

紫式部は平安時代中期の女性作家、歌人である。
『源氏物語』の作者と考えられています。中古三十六歌仙の1人。
『小倉百人一首』にも

「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに
            雲がくれにし 夜半の月かな」
で入選しています。

幼少の頃より当時の女性に求められる以上の才能で漢文を
読みこなしたなど、才女としての逸話が多くあります。
54帖にわたる大作『源氏物語』、宮仕え中の日記『紫日記』
を著したというのが通説、家集『紫式部集』が伝えらています。

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父・為時は30代に東宮の読書役を始めとして東宮が花山天皇に
なると蔵人、式部大丞と出世しました。

紫式部は娘時代の約2年を父の任国で過ごします。

988年頃、親子ほども年の差がある山城守藤原宣孝と結婚し
999年に一女・藤原賢子(かたいこ・けんし)(大貳三位)
を儲けたが、この結婚生活は長く続かずまもなく宣孝と死別しました。

1006年より一条天皇の中宮・彰子(藤原道長の長女、
のち院号宣下して上東門院)に女房兼家庭教師役として仕え
少なくとも同八年頃まで奉仕し続けたようです。

『源氏の物語』を女房に読ませて聞いた一条天皇が作者を褒めて
きっと日本紀(『日本書紀』のこと)をよく読みこんでいる人に
違いないと言ったことから「日本紀の御局」とあだ名されたとの
逸話があります。

京都旅行〜大覚寺〜嵐山〜竹林〜銀閣寺〜2 240.jpg

大覚寺 大沢の池この周辺には貴族の別荘が立ち並び
優雅な生活平安時代の優雅な生活ぶりが想像できます。

源氏物語 紫式部 大覚寺 平安時代 姫達が長い廊下を
十二単をまといながらしずしずと歩く優雅な姿を想像します。
次回は源氏物語に触れてみたいと思います。

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posted by みのり at 09:38 | Comment(4) | TrackBack(0) | 京都旅行記


この記事へのコメント
今回の京都の旅は、紅葉を楽しむだけではなく、1000年もの昔へ、タイムスリップ出来た万葉の時代、源氏物語を紐解く旅でもおありでしたのですね。
Posted by eiko at 2008年11月11日 23:07
旅行であちらこちら観光されて色々な物に感銘したり触発されたりされたのでは?
これを糧にまた素晴らしい作品の数々をお造りになりそうですね♪
楽しみにしてますね!!

紫式部。
なんだか久しぶりに源氏物語読みたくなってきますね!
Posted by 今川ーゼ at 2008年11月12日 01:03
eiko さん

訪問書き込みありがとうございます。

”今回の京都の旅は、紅葉を楽しむだけではなく、1000年もの昔へ、タイムスリップ出来た万葉の時代、源氏物語を紐解く旅でもおありでしたのですね。”

そうですね、今回は源氏物語の世界を楽しませて頂きました。!
千年もの昔に書かれたとは思えないすばらしい物語に平安の絵巻です。
Posted by みのり at 2008年11月12日 11:09
今川ーゼさん

訪問書き込みありがとうございます。

”旅行であちらこちら観光されて色々な物に感銘したり触発されたりされたのでは?
これを糧にまた素晴らしい作品の数々をお造りになりそうですね♪”

そうですね〜平安時代の作品にも〜挑戦出来そうです。

また源氏物語を読んで〜平安時代を楽しんで下さい。
Posted by みのり at 2008年11月12日 11:13
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