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タイとミヤンマー(ビルマ)との国境付近

昨日はミャンマー・ラオス・タイの国境が接する
ゴールデントライアングル、メコン河クルーズ
を紹介しました。

メコン川を挟んで北部がミャンマー領、東側がラオス領になります。
パスポートなしでラオスに上陸して、約30分滞在しました。

日本に比べて、タイはそう裕福には感じられませんが
タイの生活と比較しても、ラオスは経済的にも、苦しい国
なのかも知れません。

メコン河クルーズを後にして、バスで次の目的地に移動します。

次に案内されたのが、タイとミヤンマー(ビリマ)との国境です。

タイチェンマイ 799.jpg
タイ、ミャンマー(ビルマ)の国境

さすがミャンマー(ビルマ)にはパスポートなしでは
入ることは出来ません。
国境ぎりぎりの所までです。

タイチェンマイ 800.jpg
国境(ツアーの仲間達)

この付近のお店には、3国が混じり合うような、タイとは
少し違う、民芸品が売られていました。

お店には、民族衣装を着た、人が観光客を呼びよせています。
とても可愛いい、ステキな娘さん達
写真を写させていただきました。

タイチェンマイ 806.jpg
民族衣装

この場所には、アクセサリー、服、民芸品などが
たくさん売られています。

国境付近、橋を渡ると、ミャンマー(ビルマ)です。
たくさんの人達が”入国、出国する人たちの姿を”見ることが
出来ます。

タイチェンマイ 807.jpg
ミャンマー(ビルマ)からタイに入国

タイチェンマイ 801.jpg
橋を渡るとミャンマー(ビルマ)です。

国境付近には、軍隊、警備する人の姿が見えます。
皆さんはミャンマー(ビルマ)と聞くと何を想像しますか?
ここであまり知られていないミャンマー(ビルマ)
の歴史に触れてみます。

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〜〜ミャンマー(ビルマ)の歴史〜〜

タイチェンマイ 802.jpg
ミャンマー(ビルマ)国境付近

第二次世界大戦前、イギリスの植民地となっていたビルマを
独立国にしようとひとりの将軍が立ち上がりました。
アウンサンスーチーさんの父、アウンサン将軍です。

将軍は、当時、中国との戦いがうまくいかず、焦っていた
日本軍に協力することで独立を勝ち取ろうと考えました。

アウンサン将軍ら30人は日本軍から徹底した軍事訓練を受け
「ビルマ独立義勇軍」を結成しました。

1942年、ビルマ独立義勇軍と日本軍はイギリスが支配する
ビルマに進軍ついにイギリスを打ち破ったのです。

やっと独立ができたと国民が喜んだのも束の間
日本軍はビルマの独立を支援するどころか
イギリスにとって代わって、ビルマを支配しようとしました。

怒ったアウンサン将軍たちは、“旧宗主国だったイギリスと
手を組み日本軍を追い出す作戦に出ました。

”1945年、ついに日本軍はビルマから逃げ出したのです。

ビルマはイギリスから完全に独立を果たしますが、独立の功労者
アウンサン将軍は“独立の直前に暗殺”されてしまいました。

イギリスから独立後ネ・ウィン大将がクーデターを起こし
政権を掌握「ビルマ式社会主義」を唱えるネ・ウィンによって
ビルマは鎖国状態におかれます。

長く続く独裁政権に苦しむビルマ国民はついに立ち上がりました。

1988年、“群衆が軍隊と衝突”
軍事政権に反対するスーチーさんは仲間たちと「国民民主連盟(NLD)」を結成します。

1年近くビルマ全土を遊説し、民主化を訴えました。
やがて民主化を求める国民の声に押され、軍事政権は
1990年総選挙を実施し、結果議席の8割以上を獲得し
文字どおりの圧勝でした。

軍事政権は政権の委譲を拒否。1度も議会を開くことなく
以後、スーチーさんを自宅軟禁にしたのです。

1997年にビルマがASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟するなど
国際社会との関係を深める動きが出てきました。
今現在もスーチーさんは、軟禁状態です。

今回の旅行で初めてミャンマー(ビルマ)の歴史を
知ることが出来ました。

このツアーに参加しなければ知ることは無かったと思います。
参加できてとても幸せです。

紹介していただいた、マンションのフロントの方に感謝です。

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posted by みのり at 15:56 | Comment(12) | TrackBack(0) | タイ長期滞在記2


この記事へのコメント
日本に近い国でありながら、如何に無関心で無知であったか・・
みのりさんが教えてくださる情報、大変に貴重で新鮮です!

身近なアジアを飛び越え、どうしても欧米の国々に
目が行ってしまいがちですけれど。

好奇心旺盛で手先も器用な、みのりさんですので、
珍しい素材や小物に接すると、目が輝いてしまうのでしょうね♪

帰国後の作品制作に役立ててくださいね〜。
Posted by ヒマワリ at 2009年02月27日 19:09
旅行のレポート楽しく読ませていただいています。

 実は、私、
10年以上前からタイやラオス・カンボジアの子達に対するダルニー奨学(年1万円で特定の中学生1人を支援する教育里親支援制度)を送っています。
私の場合はタイの子供で、一人の子が卒業するまで、、もう何人かの子が中学を卒業しました。

繁栄の陰で学校にも行けない子供達がいるんですね。。
漫然とお金だけを送り続けてきましたが、色んなことにも目を向けなくては、。。
と思いました。
Posted by マリリン at 2009年02月27日 21:01
ヒマワリさん

訪問書き込みありがとうございます。

”身近なアジアを飛び越え、どうしても欧米の国々に
目が行ってしまいがち”

そうですね、ラオス、カンボジア、ベトナム
ミャンマーなど アジアの
歴史は以外にも、関心がなかったような気がします。

でも訪問して見ると、どうしても
その国の歴史を知りたくなるのですから
不思議です。
Posted by みのり at 2009年02月27日 21:03
マリリンさん

訪問書き込みありがとうございます。

マリリンさんは

”10年以上前からタイやラオス・カンボジアの子達に対するダルニー奨学
(年1万円で特定の中学生1人を支援する教育里親支援制度)
を送っています。”

すごいです。マリリンさんこそ、ボランティア精神を持たれて
アジアの子供達を支援しているんですね!
素晴らしいです。

貧しいさのために、学校にも行けない子供達が
たくさん入ることを思い知らされました。!

我が子が同じ境遇にあったら、どうしたのだろうと考えてしまいます。!

まだまだタイの旅行は続きます。
Posted by みのり at 2009年02月27日 22:22
ミャンマーの歴史を読ませていただきました。なぜ、アウンサンスーチーさんが軟禁状態に置かれているか、よくわかりました。「百聞は一見にしかず」現地に行って触れてこそ、判ることがたくさんあるのですね。みのりさんの現地での体験、楽しみにしています。
Posted by のばら子 at 2009年02月27日 22:41
ミャンマーの民主化運動にちょっと関わりのある仕事をしたことがあります。
大変な歴史を背負った国ですね。早く民主国家となることを願います。
Posted by Akio at 2009年02月27日 23:32
とっても詳しく説明して頂けて、ミャンマーの歴史背景、少し分かりました。
Posted by eiko at 2009年02月28日 00:22
ミャンマーの人々が自由になれると良いですね。
Posted by 志国 at 2009年02月28日 10:22
のばら子さん

訪問書き込みありがとうございます。

ミャンマーのブログ読んで頂きありがとうございます。

国の内乱や迫害から逃れて、たくさんの民族が
タイや近隣の国に難民として逃れているようです。

Posted by みのり at 2009年02月28日 16:23
Akioさん

訪問書き込みありがとうございます。

”ミャンマーの民主化運動にちょっと関わりのある仕事をしたことがあります。
大変な歴史を背負った国ですね。”

仕事でかかわりを持たれたことがあるようですね!

ミゃンマーの内情は、分かりにくいですよね
3つの問題が起きているようです。!

Posted by みのり at 2009年02月28日 16:34
志国さん

訪問書き込みありがとうございます。

”ミャンマーの人々が自由になれると良いですね。”

本当ですね、ミャンマーの人達が自由に
なれる日が早く来てほしいものです。
Posted by みのり at 2009年02月28日 16:47
eikoさん 訪問書き込みありがとうございます。
ミャンマーの歴史のコメントありがとうございます。
早く民主化されることを、願いたいです。!
Posted by みのり at 2009年02月28日 16:53
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