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百人一首 崇徳院と和歌

外の気温 18℃ 室内気温 22℃ 晴れ
 昨夜の嵐も過ぎ去り今朝は穏やかな
朝を迎えています。
ブルーの空に白い雲が浮かんでいます。
 ことりたちのさえずりが聞こえてきます。
チュン~~チュン~~♪
ピィ〜ピィ〜〜♪

 近所の屋根に”小鳥の巣”があるようです。
親鳥は雛の餌を探しているのを良く見かけます。
雛も元気に育っているようです。
 
 暖かな1日になりそうです。
*昨日から体調が悪く横になる時間が多くなっています。
風邪かもしれません?

〜〜百人一首 崇徳院と和歌〜〜

 川の流れが二つに別れても
再び一つに合わされるでしょう 私たちの恋もきっと…

和風画 くにちゃん庭-094.jpg

七十七番
 崇徳院(すとくいん)

 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
     われてもすゑに あはむとぞおもふ 
          『詞花集』恋・228

 現代訳
 浅瀬の流れが速くて、岩にせき止められている滝川が2つにわかれても
また合流するように、仲を裂かれて別れさせられても、将来はきっと
必ず逢おうと思っている

 *「障害を乗り越えても必ず逢おう」という気持ちが込められており
激しく燃えさかる情熱と、強烈な決意のようなものが感じられます。

とくいん.jpg
崇徳院と和歌

 作者
 崇徳院は、崇徳天皇(すとくてんのう)という、いまから850年ほど前の天皇です。
「院」とは退位した後の呼び名です。5歳で即位し、23歳で弟の近衛天皇へ譲位しました。
しかし、この譲位は院の意思に叶ったものではありませんでした。
37歳のとき、院の皇位継承への不満や、貴族たちの利害の不一致で争いが起こり
負け方となった院は、讃岐国(さぬきのくに/現在の香川県)へ流され
二度と都へ戻ることなく、46歳で亡くなりました。

  *崇徳院は乱に破れて讃岐国松山(現在の香川県坂出市)に流された後
後白河天皇を呪い、ヒゲや爪を伸び放題に伸ばして恐ろしい姿になりました。
調べに訪れた朝廷の使いは「生きながら天狗と化した」と報告し
また今昔物語では西行が讃岐を訪れた際に怨霊となって現れます。

 *はげしい恋を詠んだ”崇徳院”の悲しい生涯でした。

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posted by みのり at 08:40 | Comment(4) | TrackBack(0) | 百人一首


この記事へのコメント
こんにちは みのりさま

岩にぶつかる奔流が砕け散り それでもまた合流する、、
ぶつかり傷つけ合ってもまた求め合う 激しい恋。
どんなに情熱的な恋をしたのでしょうね (笑)
Posted by エミリア at 2016年05月04日 10:57
こんにちは〜 俊介です

あの時代の恋は、文に奥ゆかしさと優雅さを加え、積極的にアプローチしたのでしょうね。

現代でも恋人に毎日文を送る人はほぼいないでしょう。
でもメールなら毎日も可能ですね。
Posted by 俊介 at 2016年05月04日 11:18
エミリアさん

 早々コメントありがとうございます。
”はげしい恋”どのような恋をしたのでしょうね
 この時代は天皇でも自分で思ような行動が
出来なかったのでしょうね
 恋の成就が出来たのか知りたいですね?
Posted by みのり at 2016年05月04日 13:30
俊介さん

 コメントありがとうございます。
この時代は毎日”文に奥ゆかしさと優雅さ”を加えて
和歌で恋文を送っていましたね

 今はメールはしますが 手書きの文は
少ないようです。
Posted by みのり at 2016年05月04日 13:35
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