Top 百人一首>百人一首 鎌倉右大臣と和歌

百人一首 鎌倉右大臣と和歌

外の気温 17℃ 室内気温 22℃ 薄曇り

 チュン~~チュン~~♪
ピィリリ~~ピィリリ~~♪
優しいさえずりが聞こえてきます。🐦🎶
風もなく穏やかな朝です。

 7色に変色する紫陽花
ブルーと紫 おとなりの赤い色も
見えて色鮮やかです。

 1本のコスモスの葉がぐんぐんとのびてきました。
クリスマスローズの種が袋の中に
落ちています。

 暖かな1日になりそうです。

〜〜百人一首 鎌倉右大臣と和歌〜〜

 のんびりと平和な日常が永遠に続けばいいのに
と願う一首です。

鎌倉 額.jpg
鎌倉右大臣と和歌

九十三番

 世の中は つねにもがもな なぎさ漕ぐ
   あまのをぶねの 綱手(つなで)かなしも
          『新勅撰集』羈旅・525

 現代訳
 この世が、ずっと変わらなければよいのになぁ
波打ち際を漕ぐ漁師の小舟が、引き綱を引いていく様子が
しみじみと心が動かされることです。

 *鎌倉時代にも、ひときわ優しい心と鮮烈な感性を持ちながら
わずか12歳で鎌倉幕府将軍となり、複雑な政治の世界に翻弄され
悩み抜きながら名歌を作りました。

 *繊細で感受性豊かで優しすぎる性格、泥臭い政治の世界の
は、さぞやストレスがたまるものだったでしょう。

鎌倉.jpg
鎌倉右大臣と和歌

 作者
 鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん。1192〜1219)
鎌倉幕府を開いた源頼朝の次男で北条政子の息子、源実朝(みな
もとのさねとも)のことです。
優しい人柄に繊細で鋭い感性を持ち、百人一首の撰者
定家の指導で和歌に親しみました。
1203年12歳で3代鎌倉幕府将軍となりましたが、28歳になった
1219年の正月、鶴岡八幡宮への参拝時に甥の公暁(くぎょう)に
暗殺されました。
「金槐和歌集」は実朝の作品集です。

 *やさしい人柄で定家に和歌を学び28才で暗殺された
心優しい鎌倉幕府3代将軍でした。
  
良ければ↓をクリックして下さると励みになります。

★人気ブログランキング★
posted by みのり at 07:37 | Comment(10) | TrackBack(0) | 百人一首


この記事へのコメント
こんにちは!
私の好きな和風画と和歌です。
鎌倉右大臣?始めはピンとこなかったのですが説明文を読んでああ実朝でしたかと納得した次第です。
この方の和歌を見ても分かるようにとても心優しい平和を愛する人柄が良く出ていますね。
武士では無く公家として生まれていたらこの様な最期を送らないで済んだかもと思う反面短い人生を謳歌したそんな気もしてきます。

Posted by カルピン at 2016年06月04日 15:11
みのりさん〜

鎌倉右大臣と和歌・・・
よく拝見させて、私にはよくわからないのですが、大変な時代だったようですね。
Posted by さつき at 2016年06月04日 15:39
カルピンさん

 コメントありがとうございます。
鎌倉右大臣と聞いてもピンとこないですよね
源実朝この時代になると平安時代の後半で
平安時代の平和で穏やかな時代も終わり
武士の時代に入りました。

 武士ではなく公家として穏やかに過ごした
かったのかもしれないですね
 若くして28才で暗殺されましたが
「金槐和歌集」を残しています。
Posted by みのり at 2016年06月04日 15:57
さつきさん

 コメントありがとうございます。
百人一首も後半に入り
穏やかに優雅に過ごした時代も
京都から鎌倉時代に入ります。
 武家から武士の時代へとかわりました。

源実朝は武士としての戦いよりも
和歌を定家から学ぶのが好きだったようです。
Posted by みのり at 2016年06月04日 16:05
こんばんは!
実朝と言いますと鶴岡八幡宮の大銀杏を思い起こされますね。和歌を愛する穏やかな性格だとも
聞いています。
今は倒壊して昔の面影もない大銀杏ですが、八幡
宮を訪れたとき、ここが実朝の最後の地だと思う
と感慨もひとしおです。
Posted by 俊介 at 2016年06月04日 19:18
俊介さん

 コメントありがとうございます。
鶴岡八幡宮そうでしたね
大銀杏倒れましたねその場所で暗殺されたようですね 
私も独身時代に旅行したと思うのですが
ほとんど記憶がありません

 源の実朝は穏やかな和歌を愛する
人だったようです。
Posted by みのり at 2016年06月04日 19:52
こんばんは、
鎌倉右大臣は12歳で幕府将軍となったんですね。
つらい時代ですね。
平和な世の中は素晴らしいです。
芸術も楽しい事も平和だからこそですよね。
ついに梅雨入りしたとか・・・
これから毎日雨が降るのかしら?
Posted by くにちやん at 2016年06月04日 21:34
くにちゃん

 コメントありがとうございます。
穏やかな性格の鎌倉右大臣は
幕府の将軍に戦いは嫌いだったようです。
戦いよりも和歌を詠んで平和に暮らしたかったのでしょうね
 今日から梅雨に入ったようですね
Posted by みのり at 2016年06月04日 22:31
みのりさん おはようございます〜!

鎌倉時代ですか・・今も昔も変わらないって感じもしますね〜!
歴史は本当に苦手で・・
仙台はまだアジサイは咲いてないです。
昨日は苦しみながらも、何とか勝って良かったです。
Posted by 都わすれ at 2016年06月05日 06:18
都わすれさん

 コメントありがとうございます。
歴史も「かるた」のように見て下さいね

 サッカーの応援お疲れさまです。
勝っと嬉しいですね
 梅雨入りしてアジサイも
色鮮やかです。
Posted by みのり at 2016年06月05日 06:27
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック