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百人一首 後鳥羽院と和歌

外の気温20℃ 室内気温25℃ 曇り
 風が穏やかに木の葉を揺らしています。
今朝はビックリ!
姿を隠していたかたつむりが
家の壁で見つけました。
最近雨が少なく出て来たのかもしれません
午後には雨の予報ですからまた元に
戻してあげようと思います。🐌☔

 ことりたちの優しいさえずりが聞こえてきます。
元気に育った雛は何処かに飛んで行ったようです。🐦🎶

 *昨日は菜園の草取りに沖縄島ラッキョを植えて
花の種 綿花にハイビスカスローゼルの種を撒いてきました。
100坪の菜園もあと1/5ほど草が残されています。
草取りも疲れます。 あと一頑張りです。

 *昨日はブログに3200名の訪問がありました。
ありがとうございます。

〜〜百人一首 後鳥羽院と和歌〜〜

 企てに失敗し、都を追われた長の詠んだ一首です。

後藤額.jpg
後鳥羽院と和歌
 
九十九番
 後鳥羽院(ごとばいん)

  人もをし 人も恨うらめし あぢきなく
      よをおもふゆゑに 物思ふ身は
           『続後撰集』雑・1199

 現代訳
 ひとを愛しくも思い、恨めしくも思うのです。
思うとおりにならなくてつまらないと、世の中を思うから
いろいろと思い悩むのです。

 *挙兵の9年前、33歳のときに詠まれた和歌です。
幕府との関係が悪化し、プライド高く、帝王然とした人柄だったと
思われる院にとって、歯がゆく面白くないことが多かったのでしょう。
人間への愛憎を素直に吐露された、院のスケールの大きさを感じさせる和歌です。

 *後鳥羽院は、平安時代末期、源氏と平家の戦いが続いて
いた激動の時代に生まれました。
戦続きで都は荒廃し、京から東国の鎌倉へ遷都が行われ
貴族の時代が終わって武士の時代が始まろうとしていました。

 *自らも非常な歌の名手で、百人一首の撰者・藤原定家らに
新古今和歌集の編纂を命じるなど、構成に多くの遺産を残しました。

後藤.jpg
後鳥羽院と和歌

 作者
 後鳥羽院は、後鳥羽天皇、いまから800年ほど前の天皇です。
「院」とは位を退いた後の呼び名です。
19歳で譲位した後は、24年間にわたり、天皇を後見する院政(いんせい)を行なって
権力を持っていました。
鎌倉幕府との勢力争いから、幕府の権力者北条氏(ほうじょうし)を打倒しようとして
挙兵しましたが、失敗し、隠岐(現在の島根県)に流され、60歳の生涯を閉じました。
文芸に秀で、和歌も好まれました。

 平安時代の優雅な貴族の時代も終わり 武士の時代に
うつり変わろうとした時代の天皇です。
戦いに敗れて島流しにされて60歳で生涯を閉じました。
辛い日々を過ごしたようです。

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posted by みのり at 09:12 | Comment(12) | TrackBack(0) | 百人一首


この記事へのコメント
33歳で政権を握っていた時代ですね
この世の思いがひしひし感じられてくるような
愛おしくと恨めしくって紙一重なんですね
貴族から武士に変わる激動の時代の複雑な想いに心打たれます
Posted by レフア at 2016年06月16日 13:31
みのりさん〜
33歳のときに詠まれた和歌ですね。
歯がゆい面白くないことが多かったのですね。
人間への愛憎を素直に吐露されたようですね
Posted by さつき at 2016年06月16日 15:25
レフアさん

 コメントありがとうございます。
平安時代の優雅で平和な時代から
鎌倉時代の武士の時代へと変化する
激動の時代に4才で即位して19才で
位を譲り 幕府との対立で
戦いに敗れて 島流しにされました。
和歌を詠んで穏やかにすごしたかったのでは
ないですか
Posted by みのり at 2016年06月16日 15:29
こんにちは!
今日は好きな和風画と和歌です。
33才の時に詠んだ和歌が後鳥羽院の懐の広さを感じさせる和歌でもありますね。
この方は19と言う若さで譲位されその後院政をしています何故其処まで院政に
こだわったのでしょう?
このまま院政せずのんびりゆったり人生を送っていたらもしかしたら隠岐に流されずに
済んだのかなと勝手に思う次第です。
60才で生涯を閉じた院ではありますが後世に偉大な遺産を残す事が出来たのが
せめてもの慰めですね!
 
Posted by カルピン at 2016年06月16日 15:35
さつきさん

 コメントありがとうございます。
穏やかな平安時代の優雅な生活から
武士の時代への戦いの日々辛いことが
たくさんあったのでしょうね
Posted by みのり at 2016年06月16日 15:38
カルピンさん

 コメントありがとございます。
百人一首の中でも特にむずかしい和歌です。
平安時代の後半は貴族の優雅生活も終わり
鎌倉時代へとかわり 武士としての
戦いの日々でしたね
 19才で退位してのんびりと和歌を詠んで
暮らしていましたら 島流しにもされずに
済んだかもしれないですね
Posted by みのり at 2016年06月16日 15:44
こんにちは みのりさま

思うようにならない現実にぶつかり苦しい心中を
吐露したお歌なのですね 後鳥羽院の深い心情が
伝わってくるようです。

島らっきよ 大好きで〜す
先月だったかな 島らっきょの浅漬けを
見つけて 大人買いしてしまいました (笑)
Posted by エミリア at 2016年06月16日 17:38
エミリアさん

 コメントありがとうございます。
苦しい胸の内を暴露していますね
鎌倉時代は武士の時代に入り
穏やかにはすごせなかったようです。
和歌を詠んで穏やかに過ごたかったでしょうね

沖縄の島ラッキョの苗 菜園に植えました。
昨年の分は掘りおこして塩漬けにしました。
キムチで食べるとおいしいですよ
Posted by みのり at 2016年06月16日 17:50
みのりさん こんばんは
いつの世でも悩み事は同じですね。
公家の時代から武士の時代へと代わる過渡期の
苦しみを味わった後鳥羽院は失意のうち隠岐に
流されたと聞いております。
時代の流れに翻弄された院の気持ちが痛いほど
分かるような気がしますね。
Posted by 俊介 at 2016年06月16日 20:04
俊介さん

 コメントありがとうございます。
”公家の時代から武士の時代へと代わる過渡期”
辛い気持ちが痛いほどわかりますね
失意のうち隠岐に流されて生涯を終えたようですが
穏やかに過ごしたかったでしょうね
 百人一首の歌人達の中でも
流刑の地で生涯を終えた人もかなり
多いようです。
Posted by みのり at 2016年06月16日 20:48
みのりさん おはようございます〜!

平安時代などこれまでふれたこともなかったですが、人の世はいつも変わらないのですね。
昨日・・ベニバナウツギの挿し木苗、送りました。
一緒に「アメリカタニワタリ」も・・
後で写真送るね。
今日は疲れて寝坊しちゃった(汗)
Posted by 都わすれ at 2016年06月17日 07:02
都わすれさん

 コメントありがとうございます。
今回の天皇のはとてもむずかしく感じました。
 ベニバナウツギとアメリカタ二ワタリの苗
送って下さりとても嬉しいです。
楽しみにしています。

 *私は昨日はキルトをチクチク頑張りすぎて
なかなか眠れませんでした。
朝寝坊です。

Posted by みのり at 2016年06月17日 09:24
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