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長崎での生活【総集編】

長崎での生活もそろそろ終わりに近付きました。
子供達も長男が4歳 次男は9ヶ月
この頃になると長男のミニカーコレクションも
かなり増えて40〜50くらいはあったと思います。
車の名前もかなり覚えてブルトーザーや大型特殊
など特に工事中のブルトーザーやクレーン車など
に興味があるようです。   バス新幹線
 近くでジーッと眺めていると
”僕危ないよ〜”と工事関係者に注意されて
もちろん私がそばにいましたので興味
しんしんの子供達を連れて公園に向かいました。リゾート

5月花長崎 063.jpg 
 
 健康そのもの金太郎のような次男をだっこして ちっ(怒った顔)わーい(嬉しい顔)
この子の笑顔にはとても癒されます。わーい(嬉しい顔)

       【長崎総集編】

 長崎坂の街異国情緒あふれる、ロマンチックな街
特にオランダ、ポルトガル、中国の文化が融合して
異文化の交流によって発展したといえます。

5月花長崎 026.jpg

       〜〜グラバー邸〜〜
 オペラ マダムバタフライ 日本の美しいメロディー
が使われていて聞く人に感動と日本の文化に興味と憧れを抱かせます。
 三浦環のオペラ マダムバタフライゆかりの地として
広く世界に知られています。

洋館.jpg5月花長崎 033.jpg

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      〜〜大浦天主堂〜〜
 1865年現存する国内最古の教会として有名です。
布教開始から430年長崎の街は神への確かな信仰
に生きた人々の喜びや悲しみがあります。

5月花長崎 034.jpg


 〜〜シーボルトとお滝さんのロマンス〜〜
シーボルトは商館医として知られていますが〜
患者の中に美しい女性お滝さんに心を奪われます。
シーボルトはお滝さんを熱愛し日本で見つけた
アジサイに「オタクサ」という学名をつけました。
その後結婚した2人の間に女の子「イネ」が誕生します。
日本発の女医として知られています。

5月花長崎 008.jpg5月花長崎 019.jpg  

      〜〜徳川幕府禁教令〜〜
  「踏み絵」1628〜1857
キリスト十字架、聖母マリア像などを〜木版、銅版
などに刻み込み、足で踏ませて、キリスタンではない事を証明させた。
*しかし「踏み絵は踏むが心は変らぬ」という人物もいて
 これが隠れキリスタンです。

     〜〜「島原の乱」天草四郎〜〜
名もない一少年が彗星のごとく登場して、多くのなぞを秘めた
ままその生涯を終えた。
島原、天草のキリスタン、農民と浪人衆が幕府の大軍を相手に
3ヶ月もの攻防線の末、一人残らず殺害された。
     ー日本史上の大事件ですー

5月花長崎 004.jpg  

     〜〜長崎名前の由来〜〜
 その昔長崎の南方に「長い岬」がありそこから長崎の
地名がついたと言われています。
*中世「長崎氏」と言う豪族が住みいたため
 この名前がついたという説もあります。

5月花長崎 052.jpg

    〜〜平和公園〜〜
 平和祈念像、長崎の鐘、平和の泉などがある。
平和記念像〜神の愛、上に指した右手は原爆の脅威を
水平にのばした左手は平和を 軽く閉じたまぶたは
原爆犠牲者の冥福を祈っています。

5月花長崎 001.jpg

 私達は長崎での3年間の生活に別れを告げて次ぎの
転勤先 被爆地でもある広島に向かいます。 車(セダン)
たくさんの方から嬉しいメッセージを頂き
ありがとうございます。
とても励みになります。
マイミク ごぼうの花さんからの写真提供ありがとうございました。

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posted by みのり at 08:42 | Comment(8) | TrackBack(0) | 転勤シリーズ


この記事へのコメント
転勤で、あるいは様々な事情で慣れない地で生活する事になった時、緊張と不安で身構えてしまいがちです。よそ者はなかなか受け入れてもらえない風土のある地もあります。
でも住めば都とは良く言ったもので、縁あってそこに暮らす以上、好きになって快適に暮らしたいですからね。そう思って暮らすと離れ難い地になりますね。
イギリスはとても排他的でした。
こっそりこちらの様子を覗かれている感じでした。でも一旦親しくなるとそれは親身になってくれて、拙い英語を理解しようとしてくれます。
反対にアメリカは会った瞬間から笑顔でフレンドリーです。しかし、それ以上にはならない徹底した個人主義でした。
日本人はどちらかと言うとイギリス人に近いような気がします。
Posted by アルバ at 2008年05月19日 10:27
アルバさん
書き込みありがとうございます。
アルバさんも転勤族でしたね〜海外で生活されたこともあるんでしたね〜
私は日本のみで〜海外は旅行を楽しんだだけです。〜まあ〜台湾と
タイはそれぞれ1ヶ月くらいは住んだことがあります。
長く生活すると〜住めば都になりますね〜
転勤は今思うといい思い出です。

みのり
Posted by at 2008年05月19日 16:05
長崎終わってしまいましたね(*^_^*)
もっとゆっくりのペースでも私は全く気にしないです。
とても興味深いので楽しく読ませていただいております。

まさに今、わが子は「僕、危ないよ〜」と色々な人たちに言われております^_^;
次は広島ですか!
Posted by 今川ーゼ at 2008年05月19日 18:38
今川−ゼさん
書き込みありがとうございます。
毎回嬉しいメッセージをありがとうございます。長崎県の歴史は興味深くて 
とても魅力的でした。
次ぎの県はどうなることか、、?
子供さんたちまだ小さいですから〜
これからの成長が楽しみですね〜♪

みのり
Posted by at 2008年05月19日 19:25
写真達も みのりさんのブログに使って
頂いてたくさんの皆さんの目に止まり
喜んでると思います

次は広島ですか
楽しみにしています

ありがとうございました
Posted by ごぼうの花 at 2008年05月19日 20:13
ごぼうの花さん
書き込みありがとうございます。
また長崎のブログには写真を使わせてい
ただき〜また情報もありがとうございます。
大変助かりました。

みのり

Posted by at 2008年05月19日 21:31
みのりさんは、転勤で色々な所に住まわれたんですね。
それぞれの土地への思い出をこうして歴史と合わせて残していく事は、とても素晴らしい事と感心させられています。
次回からも、楽しみです〜
Posted by プル〜ン at 2008年05月19日 22:01
プルーンさん
嬉しい書き込みありがちうございます。
転勤先の思い出と歴史にふれてとても楽しい毎日です。
メッセージとても励みになります。
ありがとうございます。
みのり
Posted by at 2008年05月19日 22:14
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